『タレンタイム』


TIFF TOKYO ウェブサイトより

ヤスミン・アフマド監督作品『タレンタイム』を観ました。最後まで心をつかまれる作品。多民族国家であるマレーシア、という国を学校という空間で描き、その世界で揺れ動く心の機微を表現しています。

高校で開かれるオーディション「タレンタイム」。7人の生徒がオーディションで選出され、歌やダンスを披露し競うことに。日本の学校文化にはない独特な慣習などを通じて、まだあどけないけれど大人への目覚めも開花している若者達が人種、宗教、貧富の差、聴覚障害というさまざまな壁に向き合い、家族の関係や問題、葛藤などを描いています。

キャストも素晴らしく、ラブストーリーの展開は切なくなるし、家族との愛情劇にも涙腺が緩むし。そして何より音楽の使い方が素晴らしい作品です。劇中でのオーディションシーンやリハーサル、本番で歌われる歌を作ったのはマレーシアのシンガーソングライターPete Teoさん。少女が歌う「Angel」という曲が一番好きですが、他の曲もストレートに心に訴えかけてくる曲で大好き。

ピアノ演奏で繊細な歌声を披露するマレー系の少女ムルーと、同級生で聴覚障害を持つインド系の少年マヘシュ。2人はふとしたすれ違いをきっかけに急速に惹かれあい、それはそれは微笑ましい愛情を育みます。人が恋に落ちる時ってこういう「瞬間」から始まるんだろうな、と。

ギター演奏でまっすぐな歌を歌いあげる、母親が病気で入院中のマレー系の少年ハフィス。成績が一番で母親を心から愛している。でも、その母親は回復の兆しが見えない。そして、二胡で演奏する中国系の少年カホウ。成績が二番であることを厳格な父親から責められ、どこか暗い影を持っている。成績優秀なハフィスにライバル心を持っている。

少女ムルーは周囲より1~2才年上なこともあり大人びた雰囲気を持っていて、それに憧れたり、自然と彼女の魅力に惹かれていく男の子が多いのもうなずけます。他のイスラム教徒のお家に比べてオープンな環境で育ったムルーは、男子から見てどこか奔放さがあり、でも包容力も感じられて、自然と惹かれていくのがとても理解できました。

そのムルーと恋に落ちるインド系の少年マヘシュ。聴覚障害があるゆえ人の感情表現にとても敏感で、優しい少年。ムルーを想うとき「彼女が幸福なら、自分も幸福」と語ります。宗教が土台にある若者ならではの台詞だなあ、とつくづく思いました。10代の若者が簡単に発することができる言葉ではないから。

全編に渡って、英語、マレー語、中国語、タミル語がシーンに応じて飛び交います。マレーシアという国を象徴する作品の作り方。その言語が時として淡い気持ちを表現する小道具になっていたり。中国系の少年カホウが二胡で演奏する曲の曲名は「Molihua」(ジャスミン)。マレー語に直すと、Melur(ムルー)。マレー系の少女ムルーと同じです。カホウは秘めた思いを二胡に託して伝えているんですね…。マレー系の人は中国語を理解しない人も多いから、マレー系の少女には分からないだろうとカホウは密かに思いを伝えてる。中国系の少年がマレー系の少女に恋をする、厳格な父親が許すはずもない恋で、切ないカホウの心が伝わってきます。こういう心の機微の表現が素晴らしい映画。

ヤスミン監督の作品には欠かせない、コミカルなシーンも多くてそれもおもしろい。障害を暗く表現せず、温かく笑ってしまうコメディー場面も、素晴らしいなあと思う。聴覚障害のあるインド系の少年を登場させたことは人と人とのコミュニケーションに大事なことは「心」なのだ、ということを訴えかけるためなんだろうと思いながら観ていました。

言葉が通じない相手とコミュニケーションをとる時、どうしますか?ジェスチャーや表情、何か視覚に訴えるものなど、人間はありとあらゆる方法で相手に伝えようとします。そして、そこに「心」があれば100%通じてはいなくてもきっと心はつながる、そういうことを表現してるなあ、と思いました。

多民族国家マレーシアの社会が大きなテーマだけれども、その社会を「学校」「家庭」という小さな世界に置き換えて、縮図として表現する手法は素晴らしく。それは同時に、誰しもの日常にも起こりえる話なのだと、暗に表しています。

人はみな違っていてあたりまえ。その違いを受け入れ許容し心を通わせること、それが大事なことなのだと全編を通して改めて感じました。

笑いあり、最後は泣きっぱなし。あったかい気持ちをたくさんもらえる、素晴らしい映画です。