Selamat Hari Raya Aidilfitri.

皆様、こんにちは。
 
Selamat Hari Raya Aidilfitri.
 
ずいぶんと時間が経ってしまいましたが、マレーシアで初めて過ごしたラマダン月が終わりを迎え、これまたマレーシアで初めてのHari Raya(ハリ ラヤ)を過ごしました。
 

 

【マレーシアに実家で初めて過ごしたハリ ラヤ】
 
ハリ ラヤについてはもちろんマレーシアと出会って数年した頃からは知っていたし、どんなことをするのか、どんな料理をいただくのかくらいは知っていましたが、自分が外側からではなくて実際にマレーシアの家族と一緒に過ごすのはもちろん今回が初めてです。
 
 
色々初めてのこともあったけれど、ハムザがやっているのを見ていたり、私は遠くから見ていたり、そして時には自分もやってみたり、な色々初体験なハリ ラヤとなりました。
 

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【ハリ ラヤの準備と過ごし方】

 

ラマダン月の最後四日間くらいからは実家に帰り、ハリ ラヤの準備をしながら過ごす日々でした。お祝いに欠かせない料理Ketupat(クトゥパッ)をお義母さんが作っていたり、近くの町に新しい民族衣装であるBaju Kurung(バジュ クルン)を買いに行ったりして過ごしました。

 
ハリ ラヤ初日はまずはイスラムの礼拝からスタート。近所のモスクで朝8時半から行われた特別集団礼拝に赴き、それが終わるといよいよ本格的なハリ ラヤのスタートです!
 
ハリ ラヤ当日は、夫婦でカラーを合わせて購入した新しい民族衣装、私はバジュ クルン、ハムザはBaju Melayu(バジュ メラユ)でおめかし。家族達と記念撮影をしたりしました。そして午前中は徒歩で行ける近所の親戚のお家にご挨拶回りに出かけたり。
 
 
私は全て初めてのことだったので、ハムザや姉弟達のやるように一緒に過ごしてみました。
 
【油満載のもてなし料理にお腹を壊す】
 
行く先々でお料理が用意されているのですが、毎回たくさん食べるとあっという間にお腹がいっぱいになってしまいます(笑)。手をつけないことも失礼にあたるので毎回数口程度でとどめるようにしていましたが、それでも午後になる頃には苦しかったし、毎回お肉をココナッツミルクで煮込んだ料理、Rendang(ルンダン)と白米で作るクトゥパッというメニューなので、私は初日にしてもうルンダンは見たくない状態に(笑)。
 
それ以外に出てくるお料理も、どれも油たっぷりだしお肉メインが多くてとにかく重いのです。ハリ ラヤ二日目の夜にはおそらく油の過剰摂取でお腹を壊し、三日目はほとんど食べ物がいらない状態になり、親戚訪問の時間が本当につらかったです!それもあって、行く先々でお菓子ばかりつまんでいました(笑)。
 
【ハリ ラヤの大事な行事は親戚回りとおもてなし】
 
一日のうちの半分は実家を訪ねてくるお客様を迎えておもてなし、半日は家族皆であちこち出かけてご挨拶をして回る、という感じの数日間でした。ご挨拶回りも、なんせ家族が多いものですごい人数で、毎回民族大移動の様相です!
 
実家にもたくさん親戚とかお客様がいらっしゃって。ハムザはちゃんと皆さんとご挨拶してお話してましたが、私は全部お会いしていると疲れるとハムザが気遣ってくれて、奥の部屋で昼寝をしたりしてわりとのんびり過ごしていました。ハムザが「ご挨拶してほしい」と思った時だけ私を呼びにくるので、その時だけ身支度をしてHijab(ヒジャブ)を巻いて出ていくようにしていました。
 
確かにずっと出ずっぱりではかなり疲れそうだったので、色々気遣ってくれたハムザに感謝です。夫婦になって初めてのハリ ラヤを一緒に過ごすことができて、本当に幸せだし、これからもっと仲良く暮らしていきたいです。いつもたくさんの愛情をありがとう。
 
 
【最後に】
 
今まで外側から漠然と見ていたハリ ラヤでしたが、初めてフルで断食も経験し、自分なりに頑張ったと思えるラマダン月でした。色々考えたり悩んだりしながらのラマダン月一カ月を過ごした後のハリ ラヤはこんなにも嬉しく、身体の奥底から込み上げる幸福感があるのだということも知ることができました。
 
とは言え、ラマダン月は本当にしんどかったので、来年もと考えると気が重いのも正直な気持ちです。
 
もちろん、もっとしっかりラマダン月を過ごしている人からしたら私など何もしてない、できていないラマダン月に映るのかもしれませんが、未熟者なりに頑張って過ごした一カ月でした。ちょっと苦しい思いもしたし泣いてしまった日もありましたが、そんな日々を過ごした後のハリ ラヤだったので、今まで感じたことのないハリ ラヤの捉え方ができて、とても晴れ晴れとした気持ちで過ごすことができました。