「マレーシア人はそれぞれの宗教を尊重し合って仲良く暮らしている」は本当なのか。

マレーシアについて調べたことがある人なら誰しも、「マレーシアは多民族国家で、それぞれの宗教を尊重しあって仲良く暮らしています。」というマレーシアの紹介文を目にしたことがあるのではないでしょうか。政府観光局などを始め、マレーシアの魅力を発信する媒体などにはだいたい載っている文言です。

 

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【「マレーシアは多民族国家、それぞれの宗教を尊重しあっている」は本当?】


では、本当に彼らは「それぞれの宗教を尊重しあって仲良く暮らしている」のか。私はそれは違うのではないかと感じています。私もマレーシアを一方的に好きで良い面ばかりを見続けていた頃は、この文言に疑問を抱くことはあまりありませんでした。でも、今ははっきりと分かります。この文言は間違っているし、長年マレーシアの国全体が目を瞑っている問題から目を逸らすための文言にすぎないと思っています。

 

【改宗してから特別に意識するようになったイスラムの祝祭「ハリラヤ」】

 

二年前にイスラムに改宗し、私にとっては三度目となった今回のハリラヤ。私は日本で日本企業に勤務する身ですから普通に働いており通常営業です笑。それ自体はイスラムとは無縁の日本企業に勤める身として仕方ないことですが、やはり自分の信仰の区切りとなる日に家族や大切な人と過ごすことができないというのはとても寂しく、そして今回ほどハリラヤを特別な日と感じ、こだわりを持って過ごした日はありませんでした。

 

私の心身にイスラムという信仰が少しは根付き始めたスタートなのかな、という自覚を改めて感ることができました。

 

【他宗教イベントに興味が向かなくなった理由】

 

昨日はイスラムの祝祭「ハリラヤ プアサ」でした。私は自分がムスリマになるまでは、ハリラヤはマレーシアに存在する宗教の祝祭のひとつとして捉え、自分が信仰していなくてもおめでたい雰囲気は楽しみたい!という気持ちからハリラヤをお祝いしていました。それはイスラムに限らず例えば華人のチャイニーズニューイヤーやインド系のディーパバリも同じくで、マレーシア人達が祝う宗教イベントには何かしら興味を持って友人にメッセージを送ったりしていたものです。


そして今年、気がついてしまったこと。ムスリマになるまでは常に意識をしてお祝いもしていた、チャイニーズニューイヤーやディーパバリに心が傾かなくなったこと。この二年、以前なら何気なくSNSに書き込んだりしていた他宗教へのお祝いメッセージを一切行わなくなりました。「しない」と決めたわけではないけど心がそこに行かなくなり、気がつかないのです。気がついたらその日はとうに過ぎて終わっていたということもありました。

 

この自分自身の変化についてはこれまでもぼんやりと考えることはあり、「改宗したから興味がわかなくなったのかな?」と思う程度でしたが、今回改めて考え、そうかこれがマレーシアに関わる人達が言う「マレーシアは多民族国家で、それぞれの宗教を尊重しあって仲良く暮らしています。」の真実だな、と気が付きました。

 

【「それぞれの宗教を尊重しあって仲良く暮らしている。」の真実】

 

「それぞれの宗教を尊重しあって仲良く暮らしている。」のではないのです。良くも悪くも、「それぞれの宗教に関心がないため、関わることなく暮らしている。」が正しいのだと思います。

 

日本人は、日々の生活に根付いた形で信仰を持つ人は少ないのが現実。もしくは普段は無宗教という人もいますね。私も昔はそうでしたが、信仰をそのように捉える場合、自分が信仰する神様とそれ以外の神様の関係性はとても曖昧です。だから日本人はお正月は神社に初詣に行き、結婚式ではよく分からない似非神父さんに(笑)永遠の愛を誓い、クリスマスにはケーキを食べたりできます。でも、自分にとっての確固たる信仰があり、日々の暮らしもその信仰が基本となる生活を送るようになると、自ずと他の信仰や神様への関心は薄くなるのだと思いました。

 

【多くのマレーシア人は信仰と人生がワンセット】

 

多くのマレーシア人は、日本人とは比較にならないほど信仰が自身の人生にセットとなっていて、信仰なくしての暮らしは考えられない生き方です。そんな彼らにとって大切なことは自身の信仰であり、自分の信仰以外の他民族についてはほとんど興味がないのだろうと思います。また、自分の信仰に踏み込まれることについても嫌悪感を抱きますので、お互いにそれを意識して守っていることもあると思います。

 

もちろん、例えばマレーシアムスリムとマレーシア華人のミックスのご夫婦だったり、国際結婚をして複数文化・信仰が一つの家庭の中に共存している場合は、それぞれの実家での信仰が違うため、親族で集まった際にそれぞれの宗教行事を体験することもあって興味の度合いは深くなると思いますが、それもマレーシアでは珍しいことだと思います。

 

マレーシア人同士の婚姻の場合、多くの場合は同じ民族同士で結婚し、たとえ違う信仰だったとしても、例えばイスラムの場合は婚姻の際の改宗が必要となりますから家庭内での信仰は自ずとひとつとなります。そんな暮らしを送っていたら他の信仰への興味は薄れていく人が多くなるでしょうし、結果、仕事などで必要な場合以外はあまり関わりはない、という暮らし方になるのだと思います。だんだんと無関心が進み、それが結果として「干渉をしない」暮らしに結び付いているのだろうなと。

 

【「お互いの宗教を尊重する」の真意は無関心・無干渉の裏返し】

 

長年付き合ってきたマレーシアについて、ハリラヤをきっかけに深く考えることになった2018年。自分自身がイスラムに改宗したことで、今までは違った心理状況からマレーシアを見つめるようになって3年目にして長年ぼんやりと感じていたことを、やっと文章に記すことができたように思います。


マレーシアの良さとして慣用句のように語られる「お互いの宗教を尊重する」の真意は、実はお互いへの無関心の裏返しと改めて実感し、私にとっても大きな気付きとなりました。これからのマレーシアへの視点にまた変化が起きそうだし、より本音で接していくつき合い方になるだろうなと思ったのでした。